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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)11163号 判決 1977年5月30日

原告 高瀬友之

右訴訟代理人弁護士 久野幸蔵

被告 同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 細井倞

右訴訟代理人弁護士 山道昭彦

同 魚野貴美夫

右訴訟復代理人弁護士 得居仁

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し金一四九万円及びこれに対する昭和四八年一月一九日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨

第二主張

一  請求原因

1  訴外エル・アンド・ビー・コーポレーションこと鴻野耕平(以下単に鴻野という)は、米国所在訴外マークロス社からブランチャード社製立形平面研削盤モデル20/36一式(以下本件機械という)を買入れた。

2  右機械は、昭和四五年一二月二九日、米国ニューヨーク港より船積されたが、これに先立ち、鴻野は本件機械を被保険利益とし、鴻野を被保険者として被告との間で、貨物につき米貨二八、一五九ドル、輸入税につき米貨二、九五〇ドルの損害保険契約を締結した。

3  鴻野は、昭和四六年五月三一日、右保険料金三万六五四四円を被告に支払っている。被告は、鴻野に対し保険証明書を発行しているが、右保険証明書(甲第九号証の一)は、保険証券ではないが、保険証券と同一の効力を有するものであって、保険契約上の権利を裏書によって譲渡できる証券である(被告に対する譲渡通知など不要)。鴻野は、昭和四六年三月一七日、原告に対し、右保険証明書を裏書交付した。

4  仮に右保険証明書の効力が右の如くでないとしても、原告は、昭和四五年三月二四日、鴻野から本件機械を代金八〇二万五六四一円で買受けた。右売買はいわゆるデー・ピー方式に該るもので、代金は横浜港到着払であり、原告への所有権移転時期も右代金支払の時とされていた。原告は、昭和四六年三月一七日、鴻野を同席させて、東京銀行赤坂支店において、額面八〇二万五六四一円の銀行小切手で、鴻野に代ってマークロス社に対し本件機械代金を支払い、これと引換に船荷証券、デビット・ノート、保険証明書等船積書類一式の交付を受けて本件機械の完全な所有者となったから、本件保険契約上の権利は、積荷所有権と共に原告に帰属するに至り(商法六五〇条一項)、鴻野は本件保険関係から離脱した。

5  仮に本件保険契約について日本商法六五〇条一項の適用がなく、英国法の適用があるとしても、原告は本件機械の所有権の譲受とは別個に、事前に鴻野との間で、後記のとおり、保険契約上の権利を同人から譲受ける合意をなしているし、被告にはその旨告知して、被告も承諾しているから、英国法上も原告が正当な保険金請求権者である(英国法において保険契約上の権利の譲渡につき対抗要件として譲渡人から債務者へ通知するか、債務者の承諾が必要である)。

すなわち、原告は、昭和四六年一月三一日、鴻野の求めに応じ、一括前払保険料金三万六五四四円を同人に交付したから、本件保険契約上の権利については、同日鴻野から原告へ譲渡する旨の合意がなされたものと解さるべきであり、かつ後記6の発錆状況検査の際原告は本件機械所有者として立会い、被告派遣の貨物部の浅沼勲、査定課の沼井和夫両名と名刺を交換して本件機械の所有権及び保険契約上の権利が原告に移転していることを説明したところ、右浅沼は「権利者がすでに鴻野でなく原告であることは十分承知している。」旨明言していたから、被告は右譲受けの事実の告知を受けてこれを承諾していたものというべきである。

6  本件機械は、昭和四六年二月二六日、横浜港に到着し、横浜山下町京浜倉庫に保税され、原告は保税中物件の検査に赴き本件機械に発錆を見つけた。原告の指示により鴻野が、同年三月一一日、被告担当者浅沼に右発錆事故を通知し、同年六月一二日、東和運輸倉庫(京浜倉庫より回送保税された)において保険事故の調査が行われ、被告から沼井、浅沼両社員が派遣され、鴻野も立会して本件機械の発錆状況検査が行われた。

7  右発錆事故による修復費用は金一四九万円であるから、本件保険金請求額も右と同額である。

8  しかるに、昭和四六年六月頃、鴻野は原告方より原告が保管中の保険証明書、デビット・ノート、輸入申請許可書などを盗み出し、これをほしいままに被告に提出し、同年九月九日、本件保険金として金一二〇万円(鴻野と被告との間で勝手に減額)を受領してしまった。

9  しかしながら、鴻野が右保険金の真正な受領権利者でないことは既に被告において了知していたことは前記のとおりであるのに、被告はあえて故意又は重大な過失によって無権利者である鴻野に対し保険金の支払をなしたものであるから、右は正当な保険金の支払とはいえず、真正な権利者たる原告に本件保険金一四九万円を支払う義務を負う。

10  よって原告は被告に対し保険金一四九万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告と鴻野の間に同人を被保険者とする貨物海上保険契約が締結されたことは認め(ただし契約締結の日は昭和四五年一二月二九日であり、本件は予定保険であるから、この段階においては付保険内容が確定している訳ではない)、その余の事実は争う。

3  同3の事実中、鴻野より被告へ保険料金三万六五四四円が支払われたこと(ただし入金年月日は、同四六年四月三〇日であり銀行振込による)、被告が甲第九号証の一を発行したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。甲第九号証の一は保険証明書ではなく、予定保険証明書である。

本件は予定保険契約がなされ、右予定保険証明書は昭和四五年一二月三〇日に発行されたが、これは暫定的に発行されるものであり、右時点では本件機械は未だ船積前で付保険内容が確定していないのであるから、その証明するところはせいぜい保険契約の申込みを受けていることを証明するにすぎない。買主たる鴻野の手許に船積書類が到着し、付保険内容が確定すると、もはや右予定保険証明書は不要になる。従って保険会社間ではこの予定保険証明書を、内容が確定している一般の保険証明書ないしは保険証券と同一視して取扱うことは絶対にない。

右のような保険証券でないものへの裏書が仮にあるとしてもそれをもって保険金請求権の譲渡をうけているものとはいえないし、原告の主張しているものは、記名のみで署名そのものを欠くから、そもそも裏書ともいえない。

4  同4の事実は不知、その主張は争う。本件保険契約には英法及び慣習を適用すべきで、日本商法六五〇条一項適用の余地はない。

5  同5の事実中、該貨の損害調査の際名刺の交換があったことは認め、右立会時に原告が本件機械の所有者であり保険金請求権者であることを被告の浅沼、沼井に説明し、右両名がそれを納得了承していたことは否認し、英国法において保険契約上の権利の譲渡につき対抗要件として譲渡人から債務者へ通知するか、債務者の承諾を必要とすることは認め、その余は不知、その他の主張は争う。浅沼らは原告を単なる機械の修理業者であると理解していたものである。

6  同6の事実中、原告主張の日に、被保険貨物たる本件機械が横浜に到着したこと、鴻野が電話連絡により被告東京本部貨物部員浅沼勲に対し該貨の発錆事故を通知し立会を求めたこと、東和運輸倉庫において鴻野も立会って該貨の損害調査が行われたことは認め、その余は争う。右調査は二回行われ、昭和四六年六月一日に被告側で立会ったのは右浅沼及び東京本部海上業務部員高橋邦男であり、同月一一日には同部員沼井和夫のみが立会い、この時には鴻野も立会っている。

7  同7の事実及び主張は否認する。

8  同8の事実中、原告主張の日に保険金として金一二〇万円が鴻野に支払われたことは認め、その余は不知、主張は争う。該貨については防錆装置に不備があったため鴻野と被告の間でその損害のうち保険金として填補すべき金額につき折衝がなされ、その結果として保険金一二〇万円と合意決定したものである。

9  同9の事実中、被告が鴻野が真正な受領権者でないことを知っていたことは否認し、その余及び主張は争う。

三  被告の主張

1(準拠法について)

本件被保険貨物たる本件機械は外国より日本に輸入されたものであり、このような外航の輸出入貨物保険(外航積荷保険)は、日本においても英国の法律慣習によって運用されている。被告会社に限らず、日本の各損保業者は、外航積荷保険については、英国の法律慣習に従って取扱っており、これは日本の損保業界における商慣習である。

本件機械について鴻野より付保険申込がなされた時、被告に対し、特にどのような法律慣習による保険を付けたい旨の申出はなかったから被告としては当然英国の法律慣習による外航積荷保険契約の締結申込としてこれを承諾し、処理したものである。

本件においては、鴻野の要求がなかったため、保険証券は発行されず、昭和四六年二月二六日にデビット・ノートが発行されたのみであるが(デビット・ノートは保険料の計算書でしかなく、単に保険料が示されているのみであるが、通関にあたって該貨のC・I・F価格を証明する資料としてまた該貨が付保険されている証拠書類として利用されるにすぎず、それ自体が保険証券の代用として保険金請求権の譲渡等に利用されるものではない)要求があれば発行された筈の英文積荷保険証券には、ロンドン保険者協会約款を内容とし、填補請求に対する責任及びセツルメント(決済)に関してはイギリスの法律及び慣習による旨の準拠法約款が明記してあり、右英文積荷保険証券により外国貿易貨物の付保険を引受けるのが日本の業界の商慣習であり、又これ以外の内容の外国貿易貨物の付保険引受は行なわれないのが保険業界の実情である。

しかして、英国海上保険法第一五条によれば、「……保険契約上の被保険者の権利は、これを譲受人に移転する旨の明示又は黙示の合意がない限り、これによって譲受人に移転しない」旨規定されていて、日本商法六五〇条一項とは全く異なり、被保険者が保険の目的を譲渡した場合、これによって保険契約上の被保険者の権利が譲受人に移転しないことを原則とするのである。

2 (債権の準占有者への弁済)

仮に原告が保険契約上の真正の権利者であるとしても、被告は、原告及び鴻野から、原告が権利を取得した旨の通知を全く受けておらず、鴻野を権利者と信じていたものであって、被告の鴻野に対する弁済は、以下に述べる理由により債権の準占有者への弁済として有効なものである。

(一)  鴻野は被告と保険契約を締結したものであり、右はデビット・ノート上に明白である。インボイスにも当初はエル・アンド・ビー・コーポレーションと鴻野の商号のみが記載されていたし、船荷証券には着荷通知先として左上欄に丸紅飯田と記載されているが、同じく右上欄に同じく通知先としてエル・アンド・ビー・コーポレーションと記載されているのでこの表示からみて鴻野が本件貨物の荷受人と認定するのは極めて当然である。

(二)  通常保険金を請求するには前記書類の他にカーゴ・ボートノート、ターリー・シート、船会社への求償通知書、通関業者の特別諸掛見積書を提出するわけであるが、これらの書類はいずれも宛先又は作成者はエル・アンド・ビー・コーポレーションであり、原告の名前はどこにも出ていない。

(三)  見積書(乙第三号証)の作成者はマシンツール・カンパニーで、これと原告の名刺(乙第四号証の二)とを対比してみると、原告がこの見積書の作成者として出ているわけであり、被告としては原告を機械の修理業者と判断していた。

四  被告の主張に対する認否及び再抗弁

1  準拠法に関する被告の主張は争う。ただし、本件において保険証券が発行されなかったこと、被告がデビット・ノートを発行したこと及びその日時、デビット・ノートが被告主張の如きものであることは認める。

2  抗弁(債権の準占有者への弁済)のうち、鴻野が被告と保険契約を締結し、デビット・ノートにその旨の記載があることは認め、インボイスの記載に関する被告の主張は否認し、船荷証券についての被告の主張は争う。積荷通知先と表示されているのがマークロス社の貨物発送の相手方であり、更に通知先とあるのはこれと本質を異にし、単に貨物を発送したことの参考的連絡先であるにとどまる。被告主張のその余の提出書類は、何びとも容易に入手可能なものばかりである。乙第三号証の見積書は、他の物品に関するものを参考迄に出したものであり、本件機械の見積ではない(本件機械はモデル20/36、乙第三号証はモデル20/20)。またマシンワール・カンパニーとマシン・ツール・テクニシケミは全く別物である。

3  鴻野は、本件保険金の受領に際し、デビット・ノート、保険証明書とともに船荷証券等を持参して被告に呈示している筈であるが、デビット・ノート、保険証明書と船荷証券(名義人は丸紅飯田)との名義人は明らかにくいちがい、かかるくいちがいを黙過して保険金の支払をすることは重大な過失に該る。

五  再抗弁に対する認否

争う。船荷証券に着荷通知先として右上欄に丸紅飯田と記載されているが、同じく右上欄に同じく通知先として、鴻野の商号であるエル・アンド・ビー・コーポレーションと記載されているので、この表示からみて他の書類の表示と併せて鴻野を荷受人と認定することは当然であり、何等過失はない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  鴻野が米国所在訴外マークロス社から本件機械を買入れた(以下本件売買契約という)こと、被告と鴻野の間に本件機械を目的として鴻野を被保険者とする貨物海上保険契約(以下本件保険契約という)が締結されたこと、鴻野が被告に右保険料金三万六五四四円を支払ったこと、本件機械が昭和四六年二月二六日横浜港に到着したこと、同年二月一一日鴻野が被告東京本部貨物部員浅沼勲に対し本件機械の発錆事故を通知し、立会を求めたこと、東和運輸倉庫において鴻野も立会して本件機械の損害調査が行われたこと、同年九月九日被告が鴻野に対し右事故に対する保険金一二〇万円を支払ったこと。以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

1  前記鴻野・マークロス社間の本件売買契約はシー・アンド・エフ契約(運賃込め渡し)であり、海上保険が付されていないので、鴻野は、昭和四五年一二月二九日、被告との間で個別予定保険契約として本件保険契約を結んだ。なお、鴻野は被告とは昭和四五年以前から取引のある常連客であった。

2  本件機械は、同年一二月三一日、ジャパン・ラインのリッチモンド丸に船積されニューヨーク港を出港した。

3  その後被告は本件保険料を算定し、昭和四六年二月二六日、保険料を金三万六五四四円としてデビット・ノート(保険料計算書兼請求書)を鴻野に対して発行した。

4  鴻野は、同四六年四月三〇日、右保険料を被告に支払ったが、後記認定のとおり、輸入貨物の付保険については、我国保険会社と常連顧客との間では保険証券の発行を省略する慣例があり、本件においてもその例に慣い保険証券の発行は省略された。

5  鴻野・マークロス社間の契約がD/P決済(支払い書類渡し)となっていたので、原告も、鴻野と代金支払時に所有権が原告に移転する約束で本件機械を買受ける契約をした。そこで原告は、昭和四六年三月一七日、鴻野を同伴して東京銀行赤坂支店に赴き、同人立会のもとに銀行小切手で代金支払をなした。右支払により、原告・鴻野、鴻野・マークロス社の各売買代金の決済が一挙に解決し、遅くとも同日、原告は本件機械の所有権を取得した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三  原告は本件保険金請求については日本商法六五〇条一項が適用されると主張し、被告は英国法に則るべきであると主張するので以下この点につき検討する。

《証拠省略》を総合すると以下の事実が認められる。

1  外国貿易貨物の海上保険については英文保険証券により付保険を引受けるのが日本の保険業界の商慣習であり、英文保険証券による以外の外国貿易貨物の付保険引受は全く行なわれていない。

2  輸入貨物の保険を日本の保険会社が引受ける場合には英文保険証券の発行を省略するのが通例であるが(請求があれば発行される)、この場合にも英文保険証券による付保険引受がなされたものとして取扱うのが保険業界の慣習であり、このことは広く外国貿易に従事する者に周知徹底されていること。

3  英文保険証券には準拠法約款があり、それによれば、一切の保険金請求について、保険者に填補責任があるかどうか及び填補責任があるとすればその支払については、イングランド(以下英国という)の法と事実たる慣習によるものと定められている。

右約款は、保険契約自体の有効性と航海事業の適法性については日本法に準拠するが、保険金請求に関する保険者の填補責任の有無と保険者に填補責任があるとするならばその決済については、英国の法と事実たる慣習に準拠する趣旨であり、かつ、そのように解するのが海上保険業界の慣習であること。鴻野・被告間の本件保険契約においても、当事者は、叙上の英文保険証券、その記載約款に則る意思であったこと。

4  右約款にいわゆる、保険者の填補責任の有無を英国の法と慣習によって定めるということは、次の(一)ないし(四)の各条件を英国の法と慣習によって決定するということである。

(一)  保険期間中保険事故によって損害が起ったか。

(二)  然りとすれば、その損害は「損害填補の範囲に関する条約」によって保険者の填補すべき損害であるか。

(三)  然りとすれば、被保険者側に、告知義務違反、損害防止義務違反等がなかったか。

(四)  前記諸義務違反がなかったならば、保険金を請求する者が正当な請求権者であるか(保険の目的の譲渡に伴って保険契約上の権利(地位)が移転するか否か、その効力の問題をふくむ)。

5  被保険者が保険の目的を譲渡したとき、目的に関する保険契約上の権利の移転の有無に関しては(日本商法六五〇条一項はこれを肯定するが)、英国海上保険法一五条、五〇条一項、三項、五一条及び英国の慣習によれば、被保険者が保険の目的を譲渡した場合、これによって保険契約上の権利(地位)は当然には譲受人に移転しないことを原則とする。例外として、保険の目的の譲渡人と譲受人との間に保険の目的の譲渡の時又はその前に保険契約上の権利を譲渡するという明示または黙示の合意があった場合に限り、保険契約上の権利が譲受人に移転する。

《証拠判断省略》

叙上認定説示の事実関係によれば、本件保険契約に関し、叙上の英国の法と慣習に拠るべきものとなる結果、原告の主張する商法六五〇条一項の適用はないものと解するのが相当である。

四  ところで原告は、右発錆事故による保険金の真正な受領権者は右鴻野ではなくて原告であると主張するので、以下これにつき検討する。

1  (保険証明書による裏書譲渡)

原告は甲第九号証の一は保険証明書であり、保険証券と同一の効力を有するものであって、保険契約上の権利を裏書によって譲渡できる証券であり、これにつき、昭和四六年三月一七日、原告は鴻野から裏書交付を受けたから原告が正当な保険契約上の権利者であると主張する。

《証拠省略》によると次の事実が認められる。

(一)  本件保険契約は前記のとおり、いわゆる予定保険契約であること(付保険貨物の数量、積載船名、価格等に未確定な部分がある場合に、後日それらの未確定事項の確定をまって更に確定保険契約を締結することを条件として引受けられた保険)。

(二)  右甲第九号証の一は予定保険証明書であり、後日、不確定事項が確定したら改めて正式の保険証券が発行されることを予定したものであること。その証明内容は保険契約の申込がなされていることを証明するにすぎないこと。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断略)

右事実によれば、原告の右主張は、予定保険証明書と保険証明書を混同した主張であることが明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく失当である。

2  (日本商法六五〇条一項による権利譲渡)

原告は、商法六五〇条一項により本件保険契約上の権利は積荷所有権と共に原告に帰属した旨主張するが、前記認定説示のとおり、本件保険契約上の権利(地位)の移転については、英国の法と慣習(英国海上保険法一五条など)が適用され、商法六五〇条一項の適用は排除されるものと解すべきであるから、原告の右主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

3  (保険契約上の権利の譲受け)

原告は、昭和四六年一月三一日、鴻野の求めに応じ本件保険料金三万六五四四円を同人に交付したから、同日保険契約上の権利を譲渡する合意が成立したと主張するが、《証拠省略》中の右主張に符合する部分は、後記の各採用証拠及び弁論の全趣旨に照らしてにわかに信用することができない。

すなわち、原告が右保険料交付の領収証であると主張する甲第三号証が鴻野の作成にかかるという原告の主張については原告本人尋問の結果中の当該供述以外にこれを認めるべきものがなく、右尋問結果及び証人広間剛の証言によりいずれも鴻野本人の署名と認められる甲第一号証の一、第七号証(第一四号証と同一)、第一三号証の一、乙第六号証の同人の署名欄と比較すると鴻野は欧文、和文を問わず他の書類には欧文のサインをなしているのに、ひとつ甲第三号証のみは、記名押印である点及び発行日付の訂正があるのに訂正箇所に押印を欠く点が極めて不自然で、疑問であるし、前記認定のとおり、被告が鴻野にデビット・ノート(保険料明細書兼請求書)を発行したのが昭和四六年二月二六日であり、同人が被告に保険料を支払ったのが同年四月三〇日であることに照らせば、未だ被告から保険料の請求を受けていない鴻野が、同年一月三一日以前の時点で、予め正確に保険料を計算(一円の誤差もない)して原告に請求するということがはたしてあったのであろうかとの大きな疑が残り、甲第三号証の成立及び同年一月三一日に原告が鴻野に保険料を前払したとの原告主張に関する原告本人尋問の結果は、たやすく信用することができず、他に甲第三号証の真正成立及び原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。(当裁判所は、鴻野を証人として申請するよう原告に促したが、原告はその意思なき旨を述べて証人申請をしなかった)。

しかも、叙上のとおり、鴻野が自己を被保険者として本件保険契約を締結し、保険事故を通告し、自己名義で保険料を納付し、損害調査に立会し、自から保険金支払請求をなしてこれを受領している点及び原告が損害調査に立会していながら、被告が鴻野に対し保険金を支払った同年九月九日迄に被告に対し全然保険金の支払請求をしていない(原告本人尋問の結果により認める)点に照らすと、本件においては、保険の目的が原告に移転していることを考慮に入れてもなお鴻野の保険契約上の権利(地位)或は発錆事故発生により取得した保険金支払請求権(以下本件保険金支払請求権という)が鴻野と原告との合意により原告に譲渡されているとみることには疑問が残り、この点についての原告本人尋問の結果はにわかに信用することができない。

また、原告は、発錆事故の立会検査の際、被告担当社員浅沼らに本件機械の所有権及び保険契約上の権利が原告に移転していることを説明したところ、浅沼は「権利者がすでに鴻野でない原告であることは十分承知している」旨明言していたものであり、被告に対して、原告が本件機械の所有権及び保険契約上の権利を取得したことは告知してあるし、被告もその旨承諾していると主張するが、原告本人尋問の結果中の右主張に符合する供述部分は《証拠省略》に照らして信用することができない。

他に本件保険契約上の権利(地位)或は本件保険金支払請求権譲受けについての原告の主張事実、右譲受けについての被告に対する通知もしくは被告の承諾の事実、原告或は鴻野が被告に対して本件機械譲渡の事実を了知させる方法を講じた旨の事実、被告が右各権利の譲渡、鴻野の無権利を知りながら鴻野に保険金を支払った事実を認めるに足りる証拠は存しない。

ところで、叙上の事実関係によれば本件保険事故(本件機械の発錆)は、昭和四六年三月一一日以前に発生し、同日、鴻野から被告に対し保険事故の通知がなされ、その後、同月一七日に至って本件機械の所有権が鴻野から原告へ移転され、その後同年四月三〇日に鴻野により保険料が被告に支払われ、同年六月の立会検査を経て、同年九月九日に保険金が被告から鴻野に支払われているのであるところ、わが国法に照らすと、右保険事故(発錆)の発生によって具体化した本件保険金支払請求権は、金銭債権として右保険事故発生当時の被保険者である鴻野に確定的に帰属したものというべく、保険事故発生後の保険金支払請求権は金銭債権として通常の債権譲渡の方法によってこれを譲渡することを得べく、その、債権譲渡を以って保険者(債務者)に対抗するためには民法所定の債権譲渡の対抗要件を具備することを要する。

右の判断は、英国法に照らすも同断であって、債権譲渡につき対抗要件を充足するためには、英国法においても譲渡人がこれを債務者に通知し又は債務者の承諾が必要である(この点は当事者間に争いがない。)。そして、仮に本件機械の所有権取得の際、或はその後、原告と鴻野との間に本件保険金支払請求権を原告に譲渡する旨の合意が成立したとしても、保険事故発生後の保険金支払請求権たる本件保険金支払請求権の譲渡について、被告に対する通知或は被告の承諾がなされたとか、被告が右権利譲渡、鴻野の無権利を知りながら鴻野に保険金を支払ったとかの事実を認めるに足りる証拠のないことは叙上のとおりである。

なお商法六五〇条第一項の解釈について付言すると、同条所定の権利の譲渡をもって保険者に対抗するためには、民法四六七条所定の対抗要件を具備すべきものと解するが、仮に右対抗要件を要しないとの説によるとしても、譲渡人或は譲受人が保険者に対し保険の目的譲渡の事実を了知させる方法を講じない限り、これを了知しない保険者が善意で譲渡人との間になした保険金に関する合意、保険金の支払は有効というべきである。

五  以上の次第で原告の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤静思 裁判官 渡邊雅文 裁判官久江孝二は職務代行を解かれたので署名押印することができない。裁判長裁判官 後藤静思)

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